開業にいたるまで

こんにちは鍼灸治療院リーチ
院長の政岡史朗です。

今里は生まれ故郷です。
多くの方のご協力によりこの地に
開業することとなりました。
この地には父が治療院を営んでおりました。
でもそのころは同じ道を歩むとは
まったく思っていなかったのです。

東京の大学へ入学しその後ずっと向こうで
生活しておりましたが
三十も過ぎたころ
「自分はこのままでいいのか?」
という疑問を持ちました。
収入云々よりも身の振り方に関してです。
東京は刺激的で楽しい街ですが
縁もゆかりもないこの土地で
無表情に生活していっていいのだろうか…
身体はひどく疲れていましたし
なにか上の空でその場にいない感じが
いつもありました。
寂しかったのかもしれません。

胃潰瘍を患いました。
お医者さんには
「今に始まったことではなくて
ずっと患って再発を繰り返していた」
と言われました。
「そういえばしくしくずっと痛かったなぁ」
胃薬でごまかして我慢していたのを
すごい痛みで辛抱できなくて
癌とか重大な疾患ではないかと
大きな病院へ行ったのです。
入院して手術をと覚悟しましたが
お医者さんの方はさほど重篤な疾患を
相手にしてる様子もなく
薬を処方されただけでした。

一週間もその薬を飲むと痛みはおさまり
一月も飲み続けると完全に治り
ラーメン食べても大丈夫
どか食いしても大丈夫
入院とか手術とか誰かにケアされたという実感もなく
治ってしまったのです。

もう二度と痛い思いをするのは嫌なので
それまで1~2箱/日吸っていたタバコを
やっとの思いでやめました。
タバコやめたらもっと調子良くなるだろうと
思っていたのに時間はできても
ぼけっとした空白の時間が増えているだけで
やる気のある自分は見えてきません。

「自分は鬱かもしれない」
と心療内科を受診してみました。
医師に
喫煙しますか?と聞かれ
「いや~やっとやめられたんですよ~」
と嬉しそうに答え
食欲は?と聞かれ
昨夜のラーメン屋の味をなかなかだったと話してると
「あのねぇタバコやめられてねそんなに食欲もあるような人に
鬱なんかいないよ」
と帰されました。
今思えばいいお医者さんだったと思います。
薬漬けにされたりしなかったんですから…
でも元気はないんだけどな…
また人になにかしてもらったということなく病院をあとにしました。

ある日信頼できる友人から合気道の稽古に来ないかと誘いを受けました。
それが医師である松村弘道先生が教える
「大東流合気柔術光道壱風館」
でした。
よく知らないまま合気道と思って参加してみると
合気柔術はまた違ったものでした。
古武術であり格闘技ですが合気の基本は

「相手と共にある」です。

それは自分に足りなかったもののような気がして稽古に通い始めます。
僕は高校のとき 柔道をやっていました。
「柔よく剛を制す」
相手の体を崩してタイミングよく技をかけます。
相手の身体が崩れて自分の形に持っていけたら
「しめた!」
と思うわけです。
心の内でほくそ笑んで技をかけます。

大東流は違います。
相手との「気」を合わせることによって相手を「運び」ます。
手 腕 肩… 相手を感じているところを「運ぶ」のです。
難しいです。
最初はわけわかりません。
でも稽古をつけていただくと
わかろうとしようと考えてる自分から
感じようとする自分にシフトしていくのか
「運ぶ」事ができるようになってくるのです。
でも動き始めるとまたそこで
「しめた!」
がでてくるのです。
しめた!が出ると
師範は敏感に察知して技が止まります。

何度かそれを経験してると
自分の今までの人生は
まさにこういうことだったのかもしれない。
せっかく一緒にいてくれようとする人がいても
ちょっとこちらが優位な立場になったりすると
「しめた!」が出て相手を置きざりにする。
人を出し抜いて優位になろうということを目的に
人と関わってきたんじゃないか
それでは人と一緒におれないはずだ
そんなふうに考えるようになりました。

そして壱風館の兄弟子に村田一吉先生がいらして
その施術を受けることになります。
それが
N.T.A(神経伝達調整治療法)
です。
治療を何度か受けると
心まで軽くなった感じがありました。
気を整えてもらった
初めて人からケアされた感じです。
自分がしてもらいたかったのはこういうことなんだと
具現化されたものを見せられた気がしました。

すごく元気になった自分は
こんな治療ができるようになれたらいいなと
漠然と思っていましたが…
ある日道場に誘ってくれた友人が
脱サラして事業を始めるという決意を
自分に語ってくれたとき
売り言葉に買い言葉で
「俺も勉強し直して資格をとって
村田先生みたいな治療家になろうと思うんだ」
と言い返していました。

何の計画もないまま言ってしまったのでそれから準備です。
銀行で学費を借りたり退職の計画を立てたり結構大変でした。
でもその言葉を自分から引き出してくれた動かしてくれた友人に
今でも感謝しています。

資格は道具を使いたかったので
鍼灸師を選びました。
鍼を使って患者様の体の中に分け入っていくことは
責任も重大ですが
その分効果があり正解だったと思っています。

N.T.Aと鍼灸の勉強・修業を続けていきます。

村田先生に教わったことはまず第一に自分の
軸を作ること
これは合気にも通じますが
自分の基準がしっかりしない状態で相手を見ても
はっきり見えない。
何が悪くて何がいいのかの判断もできない。
軸を作ること
自分自身が健康であることは
治療家として大事なことだと
今でも肝に銘じております。

原因の追求

「三分で治します!」
とか治療のやり方を教えるだけのセミナーはよくありますが
それでは体の反応を引き起こしているだけで
治しているとは言えません。

「そのゆがみを正せば」など
一見論理的な理由で行う治療も同じです。
どうしてそうなったか?を
突き詰めていくことが大事です。

解剖学・生理学をもとに
それをどう見ていくかを
N.T.Aでは教わります。
ただ漠然と学校へ行って勉強する人たちよりも
この二点を肝に銘じて修行に励んだ自分は
幸運だったと言えます。

そして18年たち
ようやく一人で診ること
患者様と向き合うことに自信がついたとき
開業を決心し
どうせなら縁もゆかりもない土地よりも
生まれ故郷でと思い
今里に帰って来ました。
院名は
父の名前「利一(としかず)」の読みを変え
「リーチ」としました。
患部に治療が届く(reach)という
思いも込めています。

まだまだ勉強中ですが
「患者様と共にある」を大事にしていきます。
よろしくおねがいいたします。

2017年6月吉日      院長 政岡史朗